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東京地方裁判所 昭和30年(モ)3965号 判決

債権者 随応寺

右代表者 桑山竜進

右代理人弁護士 高安正利

債務者 狩野由太郎

右代理人弁護士 芦苅直己

右復代理人弁護士 豊島昭夫

主文

本件仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

債権者が昭和二十一年五月債務者に対して、その所有に係る東京都品川区五反田二丁目三二二番宅地三一二坪四合八勺を賃貸したこと、右土地は特別都市計画法による区画整理が行われた結果、換地予定地として、昭和二十八年六月十二日従前の品川区五反田二丁目三〇〇番の一、同所三〇六番の一、同所同番の一四にまたがる位置に在る別紙目録記載の(一)の土地及び同年八月十四日従前の前記品川区五反田二丁目三二二番の一部である同目録記載の(二)、の土地が指定されたこと、は当事者間に争がない。(右賃貸借の期間については争があるが本件仮処分の被保全権利は、その賃貸借が昭和二十九年三月二十一日到達の契約解除の意思表示によつて終了したことを原因とするものであつて、右賃貸借が期間の満了によつて終了したことを原因とするものではないから、その期間の点について判断する必要はない。)

そこで先づ、債務者に債権者主張の二、の如き不信行為があつたかどうかの争点について判断するに、

(イ)、債務者が昭和二十二年十一月頃訴外入野義郎に対し別紙目録記載の(一)、の土地の内三十坪を賃貸したことは当事者間に争がない。而して右土地は、前記換地予定地指定以前は、法律上は、債権者所有の前記従前の土地とは何等関係のないものであつたが、債務者本人の供述(第一回)によると、当時は既に債権者所有の前記土地の換地予定地の一部として別紙目録記載(一)、の土地が指定さるべく予定されていて、他の土地と同様、区画整理委員会の臨機の措置によつて、その土地の所有者の諒解の下に、換地予定地の指定がなされたと同様の状態で土地の使用が許されていたこと、そして債務者は区画整理委員会の委員としてこのことを知り、債権者から賃借している前記従前の土地の賃借人たる地位において、訴外入野義郎との間に右賃貸借をなしたものであることが疎明せられるから、右賃貸借は換地予定地指定の以前においても実質上は、債権者所有の前記土地の転貸借と目して差支えないものと言うべきである。ところで債務者は右転貸借については、当時債権者代表者桑山竜進を代理して寺務の一切を処理していた同人の父桑山昇竜より承諾を得た、と主張するが、当時右桑山昇竜にそのような代理権があつたこと、及び同人がそのような承諾を与えたことについては、この点に関する証人三浦義郎、同朽木一雄の証言は曖昧であるばかりでなく債権者代表者桑山竜進の供述(第一、二回)に照して措信し得ないのであつて、他にこのような事実を疎明すべき資料はなく、反つて右桑山竜進の供述によると、債権者代表者桑山竜進はもとより、同人の父桑山昇竜も、曽つて右転貸借について承諾を与えたことのない事実が疎明せられる。

されば右転貸借について債権者から明示の承諾を得たと言う債務者の主張は採用し得ない。

次に、債務者は、債権者代表者桑山竜進は右転貸の事実を知りながら債務者から昭和二十九年三月分までの地代を異議なく受領しているから、黙示の承諾があつたと見るべきであると主張するが、債権者代表者桑山竜進の供述(第一、二回)によると、債権者代表者桑山竜進は、債務者の訴外入野義郎に対する右土地転貸の事実を、昭和二十八年末頃初めて知り、またその他にも債務者に賃貸している債権者所有土地について転貸借関係のあることが疑われたので、昭和二十九年三月頃弁護士進藤誉造に依頼して、債権者所有土地の転貸借関係について調査を依頼し訴訟手続によつて債務者に土地明渡を求むべく決意するに至つたこと、が疎明せられるから、債権者代表者桑山竜進が債務者主張のように本件土地の地代を(殊に昭和二十九年三月分は債権者主張の本件土地賃貸借解除の意思表示が到達した同月二十一日以後の分をも含めて)受領しても、この一事をもつて、債権者が前記転貸借について黙示の承諾をしたと見ることは到底出来ないものと言わなければならない。

(ロ)  証人桑山さわ子の証言及び債務者本人の供述(第一回)ならびに債権者代表者桑山竜進の供述(第二回)を綜合すると債務者が昭和二十三年頃訴外元村和三郎に対して、別紙目録記載の(一)、の土地の内前記三十坪以外の部分を債権者の承諾なくして賃貸した事実が疎明せられる。(而してこの賃貸借が、換地予定地指定の以前においても債権者との関係で転貸借となることは、前記(イ)、の場合と同様である。)

(ハ)  成立に争ない甲第十三号証、甲第三十五、三十六、三十七号証、証人柳田せい、同大川英子、同富永金次、同佐藤正夫の各証言及び債権者代表者桑山竜進の供述(第一、二回)を綜合すると、債権者主張の前記二、の(2)、記載の各無断転貸の事実が疎明せられる。債務者は、訴外彦坂みさ、同佐藤一一、同富永金治等は債権者主張の頃、その主張の土地を不法に占拠して建物を建築したので、債務者において同訴外人等から夫々これらの建物を買受けて、この建物を賃貸した、と主張するが、此の点に関する証人狩野英之助、同西宮茂男の各証言及び債務者本人の供述(第二回)は措信し得ないのであつて、反つて上記証人大川英子、同富永金治、同佐藤正夫の各証言によると、同訴外人等は、当時、五反田商店会の会員として、債務者主張の店舗を建築したところ、直ちに債務者より本件土地使用につき異議が申立てられたので、債務者をその所有者と信じ、その要求に従つて、その敷地である本件土地の前記部分を、債権者主張の権利金及び地代を支払つて賃借することとしたもので、その所有の各建物を債務者に譲渡したことはなく、単に、建物の貸借であることを仮装し、土地の転貸という非難を免れることを目的とする債務者の要求によつて、実質上の地代を、その受領証等の名義上においてのみ家賃として支払つてきたに過ぎないことが疎明せられるから、債務者の右主張は到底採用し得ないのである。

(ニ)  債権者主張の前記二、の(3)、記載の如き文書偽造の事実は、これを疎明するに足る資料がない。

而して債権者が、弁護士進藤誉造を代理人として、昭和二十九年三月二十日附内容証明郵便で、債務者に対し無断転貸を理由として本件土地の賃貸借契約解除の意思表示を発し、同郵便が同年同月二十一日債務者に送達されたことは当事者間に争がないところ、この解除の意思表示は、債務者に上記認定の(イ)、(ロ)、(ハ)の如き各無断転貸の事実があつた以上、本件土地の全部についてその効果を生じたものというべきである。

債務者は、(い)、右解除権の行使は権利の濫用として許さるべきでないと言うが、その主張の趣旨は明かでないのみならず、訴外入野義郎以外の者に対する前記転貸借が、当初その転借人等において不法に土地を使用するに至つたため、これを認めたに過ぎないものであつても、これに対して所有者として振舞い、高額の権利金を徴して転貸したのは債権者に対して著しく不信の行為たる非難を免れない、といわなければならないから、転貸するに至つた事情が右のようなものであることをもつて、本件解除権の行使が権利の濫用である根拠とするわけにはいかないのである。そして、その他本件のすべての疎明によるも右解除権の行使をもつて権利の濫用と目すべき事情は見当らないから、債務者の右主張は採用の限りでない。(ろ)次に、前記解除の意思表示をした内容証明郵便に、その解除さるべき賃貸借の目的たる土地の表示として「五反田二ノ三二二番地二一二坪五合」と記載されていることは成立に争のない甲第四号証の一により明かであるが、同号証によると、同書面には右記載の上部に接続して「貴方が随応寺から賃借中の借地(区劃整理により)」との記載があり、且つ、右坪数は別紙目録記載の(一)、及び(二)、の坪数の合計であることは計算上明かであるから、債権者所有の本件土地即ち品川区五反田二丁目三百二十二番地宅地三一二坪四合八勺の換地予定地として別紙目録記載の土地が指定されていることを熟知していた債務者(債務者がこの事実を熟知していたことは弁論の全趣旨により疎明せられる)としては、前記意思表示により解除すべき賃貸借の目的たる土地が、別紙目録記載の(一)及び(二)、の土地を含むものであることは直ちに諒解し得る筈であり、この解除の意思表示の当事者間においては、それが換地予定地である別紙目録記載の(一)及び(二)、の土地に関するものであることは明白であつたと言わなければならないから、前記の記載は、解除すべき賃貸借の目的たる土地を特定するに十分である。債務者の(二)、の(4)の主張は理由がない。(は)、一筆の土地に対する換地予定地が二箇所に指定されてもこれ等の換地予定地は、その使用収益の関係においては、従前の土地のそれと同一視すべきである。従つて換地予定地指定の後は、それが二箇所に指定されても、そのそれぞれについて各別の賃貸借関係が生ずるわけではなく、二箇所の換地予定地を併せたものに対して従前の賃貸借が継続されるものと解すべきであるから債務者主張の(二)、の(5)の主張もまた採用の限りでない。

されば本件土地の賃貸借はこの解除の意思表示によつて適法に解除されて終了したから債権者は債務者に対し別紙目録記載の土地の明渡請求権を有するところ、債務者が更に本件土地を他に転貸するおそれがあることは前記認定の各事実から推測し得るばかりでなく、債務者が債権者主張の頃別紙目録記載の(三)の建物の建築工事を開始したことは当事者間に争がなく、この建物が完成し、且つ債務者その他の者の使用するところとなると、法律上ならびに事実上右請求権の行使が著しく困難になることは明かであるから、債権者は右請求権保全のため本件仮処分を必要とするものと言わなければならない。

よつて債権者の本件申請は理由があり、本件仮処分は相当であるからこれを認可すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松永信和)

〈以下省略〉

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